子どもたちの困難さに寄り添った「見ることの支援」の実践
東京都立多摩桜の丘学園 教諭 松本健太郎
■ はじめに
視機能支援研究会の前身である東京都肢体不自由教育研究会視機能支援部研究協議会(以下、視機能支援部)は、東京都教育員会研究推進団体である東京都肢体不自由教育研究会専門部研究協議会の一つであった。2023年に東京都肢体不自由教育研究会が閉会することになり、視機能支援部は「視機能支援研究会」と名称を改め東京都教育員会研究推進団体の認証を受けた。「視機能支援研究会」の主な活動目的は、前身である視機能支援部と同じく「肢体不自由特別支援学校における見ることの支援の必要性を伝え児童・生徒の生活や学びの環境を改善すること」である。
■ なぜ「見ることの支援」が大切なのか
新しい学習指導要領では、「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善が求められている。 能動的・主体的学びは、五感による外の世界への気づきからはじまる。五感の中でも視覚は、「感覚のうちもっとも多くの情報を取り入れている」(中澤恵江,2008)といわれるように、その果たす役割は大きく、障害が重度の場合、自らの身体を使って無意識に外の世界の情報を自ら取り入れることが困難な場合が多く、支援者が意図的に「見ることの支援」の観点から最大限に感覚を活用できるように支援することが重要である。また、肢体不自由特別支援学校においては、見えにくさがある児童・生徒が多く在籍するという研究報告(中澤,2008)もあり、視覚障害特別支援学校と同様のニーズがあることも明らかにされている。
■ 視機能支援研究会の立ち上げ経緯
このように障害が重度である児童・生徒が多く在籍する肢体不自由特別支援学校では「見ることの支援」が重要であるにもかかわらず、1990年代の当初、都立の肢体不自由養護学校(当時)では、「見る」ことの支援に必要な情報がほとんどなかった。そのため、児童・生徒が見えているのかどうかよくわからず、入学から卒業までの間に見ることに関して支援できずにいた。そういった状況の中、1997年に、中野泰志氏(現慶應義塾大学教授)らが都立村山養護学校小低部に継続的に研修の機会を提供したことを契機に、2000年4月に東京都肢体不自由教育研究会の中に視機能支援研究会の前身である視機能支援部会が設立された。以来、肢体不自由特別支援学校の児童生徒の見ることの支援について研修の機会を設け、「見ることの支援」に関する情報を蓄積・共有する研修活動を行っている。
■ 活動紹介
春季、夏期、冬期の年3回開催される研究協議会では、見ることの支援をテーマに、研究者の講演、見えにくさの疑似体験、実践報告を行い、子どもたちの困難さに寄り添い学びを支えるために有用な情報を共有している。見えにくさの疑似体験実習では、弱視シュミレーションレンズまたはビニール袋を重ね折にした手作りのゴーグルを使って食事場面、あそびの場面、移動の場面、コミュニケーション場面を体験する。疑似的ではあるが、子どもたちの視点で様々な活動を行ってみることで、日々の教育実践を振り返り、子どもたちの困難さに気づくきっかけとしている。「見ることの支援」が浸透していない理由として、支援方法一つ一つは決して難しいものではないが、子どもたちが「見えにくい」という状況にあるかもしれないということに支援者の注意を向けることが難しいことも明らかになった。このような場合、支援者の気づきを促すために「見えにくさの疑似体験実習」が有効であった。
■ 見ることの支援の実際
各研究協議会においては、十分に見えることが明確になっていない限り、見えにくさを持っているという可能性を考え、見えにくさを軽減できるような環境の工夫が必要であること、同様に「見えない」「皮質盲」等と診断されていても、見える可能性があることを前提に見えやすい環境を工夫して働きかけることが大切であることを確認し、見えにくさを軽減するため具体的な環境の工夫の仕方について、光源の位置に配慮、見せるものと背景とのコントラストを工夫、まぶしさに対する配慮、視野の障害に対する配慮などの実践報告を通し支援者が最初にするべきことの輪郭を与えている。研究協議会を重ねる中で「見えているのか見えていないのかわからない」という状態から「見えにくい」ということが明らかになると、支援者の子どもたちへの関わり方が徐々に変わることが明らかになった。理由として、「見えにくさを軽減して工夫して見せる」ことに取り組むことによって、子どもたちが「気づいて見る」という相互交渉の成立を実感できることが、支援のさらなる動機を高めることに関係しているのではないかと推察している。「見えていないようだ」として、見せることをあきらめるのではなく、見えにくさを軽減するちょっとした配慮と工夫が子どもたちの学ぶ意欲を力強く支えていくと感じている。また、「見えているようだ」として、見えにくさを軽減する配慮や工夫は必要ないとするのではなく、生活や学習上の困難さが見えることの困難さに関係していないか、注意を向ける必要がある。
■ 成果と課題
20年近く継続的に活動する中で、肢体不自由特別支援学校においても見ることの支援について関心が高まり、まぶしさの軽減、背景の整理、提示する刺激量の調整、教材のコントラストなどを意識しながら環境整備を行う事例が部員の勤務校を中心に見られるようになった。また、外部専門家として視能訓練士が配置される学校が増えてきた。また、昨年から特殊教育学会大会において自主シンポジウムを行なっている。昨年の大会で開催した自主シンポジウム「特別支援学校における見ることの支援に関する各地域の活動の成果と課題」では、京都、奈良、東京における見ることの支援の取り組みの成果と課題について概観した。その中で、見ることの支援に関する情報は、どこにいても利用可能できるという状態にはなっていないことが指摘され、継続的な注意喚起に取り組むことが必要であることを確認した。そして、今年度の自主シンポジウム「特別支援学校における見ることの支援の基礎と実践」では、見ることの支援に関する情報を広く共有していく方法の一つとして、昨年の自主シンポジウムの登壇者及び参加者を中心に「見ることの支援の基礎」というタイトルのリーフレットを作成した。リーフレットは、1見ることの支援が必要な理由、2視機能の教育的評価、3 見ることの支援の基礎 、4 支援の事例、5 医療機関との連携、6 校内の支援体制、7 まとめ、の7項目から構成される。リーフレットの内容について話題提供することで、同様の支援を行なっている他地域のキーパーソンを発掘することができ、全国的な見ることの支援に関するネットワークを広げるための土台作りができた。今後は、乳幼児期に何らかの障害が明らかになった時点で見ることの支援が早期に開始されるような制度作りを目指したい。
■ まとめ
視機能支援研究会では、今後も、「適切な環境と機会を準備すれば、すべての子どもがそれぞれの知的好奇心をスタート地点として能動的・主体的に学びを広げる・学びを深めることができる」という事実を実践報告を通してより多くの人と共有していきたい。
<引用文献・参考文献>
中野泰志(1999)教育的な視機能評価と配慮. 大川原潔ら(編),視力の弱い子どもの理解と支援.教育出版,60-70.
中澤恵江 (2008). 重複障害児のアセスメント研究―自立活動の環境の把握とコミュニケーションに焦点をあてて-.教育支援研究部,課題別研究成果報告書,国立特別支援教育総合研究所,19-25.
佐島毅 (2007) 視覚に障害のある子どもの指導.日本肢体不自由教育研究会(編),肢体不自由教育の基本とその展開,慶応義塾大学出版会,188-207.